TOKUSURU YOMIMONO

ストレスフリーな生活を目指しましょう!

未来のわたしは今のわたしが用意してあげるもの

 

愛が大きくなれば心配も大きく、いささかのことも気にかかり、少しの心配が大きくなるところ、大きな愛もそこに生ずるというものだ

 

シェイクスピアのこのことばに初めて触れたとき、もう10年以上前のことだけれど、わたしは果たして誰かを愛したことはあっただろうか?自分のことさえうまく愛せていないというのに、とくり返し自問した。

「大好きだよ。ずっと一緒にいようね」と言ってくれた親友に、どうして「わたしも大好きだよ」と素直に言い返せなかったんだろう?

「生涯を共にしたい」と言ってくれた恋人に、どうして「わたしもそうしたい」とありのままに言い返せなかったんだろう?

大好きだったし、愛していたはずなのに、深く、深く、とても深く。

大事な人たちに背を向けて、わたしは立ち去ってしまった。

逃げ道。裏切り。完全に。絶望的に。

まるで自分の幸福を、誰の幸福をも望んでいないかのように。

少し不幸でいるほうが心地いいといわんばかりに。

満たされることを毛嫌いしていた。

そういう生き方しかできなかった。

誰かに好かれると、そのことが分かるとすぐに突き放した。

そうしないではいられなかった。

孤独が大嫌いなはずなのに、いつしかそれを愛でていた。

孤独をうまく飼いならしているつもりだった。

孤独という怪物としかこの世界を分かち合えないと思っていた。

さみしかった。むなしかった。自信がなかった。何にも確信が持てなかった。

わたしはこの「わたし」という人間をずっと迷わせながら生かしていた。

 

f:id:misumi-tomo:20190519130044p:plain

 

それでも縁を切らずにずっと陰で支え、寄り添ってくれる友人Y子がいてくれたことは、なんとありがたいことだっただろう(わたしは何度も携帯を変え、番号を変え、多くの友人たちを置き去りにした)。

今思えばY子はわたしに似た人間。わたし側の人間だったのだ。

わたしは連絡を取りたいと思い立った友人たちによく手紙を送った。

このメールの時代にそれがどれだけ不可思議な行為かは十分承知していた。

手紙で返事をしてくれたのはY子だけだった。

彼女が書店などの文具コーナーで、わたしに送るための便箋を選んでいる姿を思い浮かべると、うれしさと不憫さのあまり涙が出てきそうになる。

 

Y子は高校の同級生で、大学はバラバラだったけれど、いくつも同じバイトをした仲だった。

Y子はわたしとの 距離の取り方、近づきすぎてはいけないことを熟知していた。ときどき待ち合わせの約束をまるまるすっぽかすこともあった。

わたしはそれでよかった。それくらいの仕打ちを受けるべきだった。

わたしは彼女の紹介で働き始めた居酒屋のバイトをいきなり辞めたり、彼女の恋人に手を出したことさえあったから。

なのに、それなのに、Y子もどうかしている・・・。こんなわたしを自分の側へ置いておくなんて。

わたしたちは社会人になってからも、頻繁に連絡を取り合った。

会えない日が続くと、わたしの手紙はしだいに奇妙に長くなっていった。

彼女を怖がらせたくはなかったから、書いた手紙の一部を渡さないこともあった。

  

f:id:misumi-tomo:20190519130120p:plain

 

ある日Y子が言った。「友(わたし)の手紙ホントおもしろいよ。物語になってる。そのまま小説にしてみたら」

「実は学生のとき、文学の新人賞に応募したことがあるんだ。でもまるっきりダメだった。5社にそれぞれちがう原稿を送ったんだけど、全部ボツ。それ以来あんたにこうしてやたら長い手紙を送り続けてるってわけ!」とわたし。

「それは知らなかったけど・・・。じゃあ作詞とか興味ない?わたしが今付き合ってる人、シンガーソングライターなの。曲作りは得意なんだけど、詞が追いつかないみたいで、わたしに作詞手伝えってうるさいんだ」

「作詞?そんなのわたしできないよ。時間もないし。迷惑かけちゃうだけだと思う」

わたしは社食を提供する食品会社の営業をしていた。毎日残業で休みの日くらい何も考えずにゆっくりしたかった。

Y子はそれを知っているはずなのに、「もったいないよ」と一歩も譲らなかった。

「何が?」

「その書く力」

「手紙のこと?あれはわたしの鼻水みたいなもんだよ。勝手に無限に出てくる」

「だからもったいないって。作詞やってみなよ。すごく合ってるよ。わたしに手紙を書く時間を作詞する時間にあてればいいだけ」

「そんなうまくいくかな」

「彼ね、プロの作曲家に教わってるんだよ。彼の曲がきっかけでその先生に認められれば、作詞家としてデビューなんてこともあり得るよ。OLしながら作詞家やってる人ってけっこういるらしいし、それってすごくかっこいいじゃん。ね、ね、やるだけやってみてよ」

 

あまりにも強引なY子を前に、わたしは迷わずにはいられなかった。

やったことのない領域への第一歩。

それは怖いこと。

それは闇ではない、むしろ逆、これまで避けてきた明るい光に照らされること。

それはY子との距離を縮め(最初は彼女が作詞のやり方を教えると言い出したから)、「逃れたい」「裏切りたい」とわたしに思わせるかもしれなかった。

わたしは誰とも深く関わりたくないのだ。Y子との関係が、先生と生徒という関係になることに耐えられるだろうか?

それに作詞をすることで関わる人たちに迷惑をかけてしまわないだろうか?

きっとみな本気でやってるはずだ。言いたいことを言われるだろう。ダメ出しをいっぱい食らうだろう。「そもそもセンスがない」なんて言われるかもしれない。耐えられるか?

多くの不安があったけれど、ただそのときわたしを「やる」側へと決断を迫らせたのは、心の奥から湧いてくる「書くこと」「ことばで表現すること」への意欲だった。

「誰かが作った曲にわたしのことばを添えてみる。悪くない。やってみたい。知りたい。音楽とことばの世界にぜひ携わりたい」と、不安とはまったく正反対の軽やかな気持ちが体内に響きわたり、全細胞を小さく震わせた。

 迷いの中で、私はふわふわしていた。今にも誰かに頬張られそうな綿あめみたいだった。非常に危うくて、もろくて、少しの風でどこまでも吹き飛ばされてしまいそうだった。

  

f:id:misumi-tomo:20190519130204p:plain

 

このことがきっかけで、わたしは働きながら作詞をするようになった。

やると決めたからにはやるつもりだった。中途半端なことはしたくない。文学の新人賞で選考から落とされた苦味を知っている。5回おまえはダメだと言われたのだ(普通立ち直れないだろう。ことばとは関係のないところで謙虚に生きるのが筋だろう)。自分の作品を世に出すなら、とびっきりいいものを出さなくちゃ。

楽曲はスマホに送られてくる。ファイルを開けばいつでも聞ける。いつでも作詞できる。

最初は休日にだけ集中してやっていたけど、あまりに楽しいので、また1曲を最後まで終わらせないとどうにも落ち着かないので、徐々に出勤日にも空いた時間を見つけてやるようになった。

楽曲を通勤電車の中で聞くこともあれば、休憩中こっそりトイレで聞くこともあった。

頭の中に気づけばいつもメロディーが流れていた。

すんなり浸透するメロディーもあれば、突き返してくるメロディーもあった。

ピンピン元気なメロディーもあれば、ぐったり死んでいるメロディーもあった。

それぞれを鎮めたり、鼓舞したりして、ことばをひとつひとつ埋め込んでいった。

会議中でもワンフレーズ思いついたらすかさずメモを取った。

なんだか秘密のことをしているようで胸が高鳴るのを感じた。

何年ぶりだろうこんな気持ちを味わうのは・・・。

不思議と仕事に支障はなかった。私は元気だった。「早く仕事を終わらせて、早く家に帰って作詞に集中しよう」 とまるで恋人と会う約束があるみたいにウキウキしていた。

 

シンガーソングライターであるY子の彼氏さんに会い、すぐにその先生にも会った。

先生はただ1曲分の詞を見ただけで、わたしのことを気に入ってくれた(このときわたしは自筆の小説の原稿をどっさり持ち込んでいたのだけれど、先生に見せることはなかった)。

先生はY子と同じようなことを言った「詞にストーリー性があるね」

最初は先生の元でデビューを控えている教え子さんたちの曲に詞をつけた。

その後3ヶ月くらいで大きな仕事を任された。

わたしは必死にそれをこなした。

睡眠不足で満員電車の中で気絶することもたびたび。

でも苦じゃなかった。むしろわくわくすることだった。本来のわたしらしさがみるみる引き出されてくるような感覚。

半年も経たないうちにインディーズでCDを出すことが決まった。

招待されたライブにはすべて行った。自分が書いた曲が歌われるという、願ってもない体験をさせてもらった。わたしはいつも電車で気絶するように、本当にそのライブ会場で気絶してしまいたかった。

わたしはうれしかった。感謝したかった。過去のわたしの決断、その第一歩が、今のわたしを用意してくれたことが。

 

さて、とわたしは思う。

未来のわたしに今のわたしはいったい何を用意してあげられるだろうか?

未来のわたしが今のわたしに微笑んでくれること。

人とのつながりを大事にしよう。周りの人に優しくしよう。

わたしは今、前を向いて生きている。

 

 

 

※冒頭の引用文は『ハムレット‐三幕二場』より。 

※挿絵はいずれも自分で描いたものです。

 

#「迷い」と「決断」

りっすん×はてなブログ特別お題キャンペーン〜りっすんブログコンテスト2019「迷い」と「決断」〜
Sponsored by イーアイデム